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2010年2月

西国三十三所 地図

 西国三十三所めぐりの地図マップです。

右上のツールバーで地図を拡大縮小したり、移動したりできます。

 

 グリーンの目印をクリックすると、各お寺の詳細情報のページへ行けます。

 



西国三十三箇所(西国三十三所)とは?

00201002030001.jpg西国三十三所(さいごくさんじゅうさんしょ:ないしは西国三十三箇所:さいごくさんじゅうさんかしょと言われる場合もあります)は、近畿の大阪府、京都府、兵庫県、和歌山県、滋賀県、奈良県および岐阜県に有る、33箇所の観音霊場の総称を指します。

 

自らの信仰を確認し、深めるためにこの33箇所を巡礼することを三十三所巡りまたは巡礼と言います。この33箇所を巡礼すると現世で犯したあらゆる罪が消えて、極楽浄土に行けるとされています。

 

また、なぜ33箇所の札所(お寺)があるかというと、観音菩薩が民衆を救うときに33の姿に変えるということに由来しています。


西国三十三所巡礼の歴史

00201002030002.jpg中山寺の縁起『中山寺来由記』、華厳寺の縁起る『谷汲山根元由来記』によると、

 

718年大和国の長谷寺の徳道上人が62歳で病で亡くなり、閻魔大王から三十三所を巡れば罪が消え地獄に落ちないと教えられました。

そして、33の宝印をもらい現世に戻され、三十三所霊場を世の中に広めようとします。

 

しかし、この際まだうまく広がらず、宝印を摂津国の中山寺に封印し、しばらくの間三十三所巡礼は忘れ去られますた。

 

それから約270年後、花山法皇の前に熊野権現が姿を現し徳道上人が定めた三十三箇所観音霊場を復興するようにお告げがありました。その後中山寺で宝印を探し出し、三十三所霊場復興し、その後人々に広まっていったということです。

 

なお、一般庶民に広がっていったのは江戸時代以降とされています。


巡礼について

00201002030003.jpg33箇所のお寺のことを一般的に『札所』と言います。

各札所を順番に廻って、参拝の後、写経、納経料の奉納、納経帳へ宝印の印影を押して行きます。
なお、写経の代わりに納経札を納める巡礼が一般的です。

なお、この参拝と『打つ』と言いますが、これは古くは納札を打ち付けていたことからそのように言われるようになりました。

参拝の後に頂戴する朱印は札所ご本尊の分身とされ大変ありがたいものです。

 

巡礼の道中には徳道上人や花山法皇ゆかりのお寺が3箇所あり、『番外』といわれています。

そしてこれらを全て廻り、結願のお礼参りとして信州善光寺を参拝します。(計37箇所

なお、全33箇所道程は1000キロメートルになります。その距離は四国八十八箇所よりも短いですが、札所間の間が非常に長く、現在では歩いて廻る人は非常に少ないです。

自動車や電車、バスなどを利用して廻る人が増えています。

 

現在では、様々な旅行会社がツアーなどを組んで巡礼をするものも非常に多くなっています。

 


観音菩薩と結縁御開帳

西国三十三所のご本尊様は全て観音菩薩様です。

観音様の種類としましては、千手観音 15寺、十一面観音 7寺、聖観音 4寺、如意輪観音 6寺、馬頭観音 1寺、准胝観音 1寺、不空羂索観音 1寺のように様々な観音様がご本尊として祭られております。

なお、31番札所長命寺では3つの観音様が祭られております。

 

秘仏

なお、これらの観音様は秘仏として祭られており、数十年の間開帳されないようなものもございます。

※六番札所南法華寺(壺阪寺)の千手観音、七番札所岡寺(龍蓋寺)の如意輪観音、八番札所長谷寺の十一面観音、九番札所播州清水寺の千手観音、32番札所観音正寺の千手観音の5箇所に関しては秘仏化されておらず、開帳されています。

なお、厳重な秘仏もいくつかあり、次回の御開帳の日時が決まっていないものもあります。さらには秘仏の写真が公開されていないお寺もあります。

 

結縁御開帳

2008年~2010年にかけて結縁御開帳といって、全ての秘仏が順次開帳されました。

中興の祖花山法皇の1000回忌を記念して公開されるもので、前回の御開帳から50年以上経っているものまであります。

この際厳重な秘仏もご開帳されます。


第一番札所 那智山 青岸渡寺

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山号/寺号/通称
那智山
青岸渡寺/那智山寺
札所本尊
如意輪観音
開帳時期
年3回
宗派
天台宗
住所
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8
電話番号
0735-55-0404

 

地図


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第一番札所 那智山 青岸渡寺の動画

 

 

第一番札所 那智山 青岸渡寺の解説

青岸渡寺(セイガントジ)は、和歌山県の天台宗の寺院である。西国三十三所第一番札所としても有名だが、2004年に世界遺産にも登録されたことで、有名である。ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」

開基は仁徳天皇の時代で、天竺(インド)から来た裸形上人とされ、裸形上人が那智の滝で金の如意輪観音を見つけ、それを本尊として安置したのが始まりとされている。

その後も、各時代の天皇により、発展し、中世から近世にわたって、隣の熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場として、大いににぎわっていった。

明治時代に神仏習合が廃止されたが、信者たちの手で、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ青岸渡寺として復活した。

 


第二番札所 紀三井山 金剛宝寺

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山号/寺号/通称
紀三井山
金剛宝寺/紀三井寺
札所本尊
十一面観音
開帳時期
50年毎
宗派
救世観音宗
住所
和歌山県和歌山市紀三井寺1201
電話番号
0735-55-0404

 

地図

 


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第二番札所 紀三井山 金剛宝寺の動画

 

第二番札所 紀三井山 金剛宝寺の解説

西国三十三箇所の第二番目の札所である、紀三井山金剛宝寺護国院である。

伽藍は山の中腹にあり、境内から眺めた和歌山の風景は絶景である。

また、こちらには、三井水(吉祥水・清浄水・楊柳水)という湧水がわいており、『名水百選』としても非常に有名である。

さらに、境内の桜は早咲きの桜としても非常に有名で、関西で一番の早咲きとしても有名で、日本桜名所100選にも選ばれるほどである。

寺の歴史を見てゆくと、宝亀元年(770年)、唐の為光という僧侶が、日本中を行脚していたとき、名草山の山頂から光が出ているのを見つけたという。そしてその光のもとまで行くと、金色の千手観音を感得することができたという。その金色の観音を胎内物として千手観音を奉納したのが始まりといわれている。

 


第三番札所 風猛山 粉河寺

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山号/寺号/通称
風猛山 粉河寺
札所本尊
千手観音
開帳時期
開扉なし
宗派
粉河観音宗
住所
和歌山県紀の川市粉河2787
電話番号
073-444-1002

 

地図

 


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第三番札所 風猛山 粉河寺の動画

 

 

第三番札所 風猛山 粉河寺の解説

 

粉河寺(カワコデラ)は、和歌山県の天台宗系の粉河観音宗総本山である。

本尊は、千手千眼観音菩薩であり、伝承によると、創建は宝亀元年770年に大伴孔子古(おおとものくじこ)が奉納したものといわれています。

その後、平安以降に栄えた西国33所めぐりの3番札所として大いに栄えました。

しかし1585年豊臣秀吉が奇襲に侵攻した際に雑賀衆などと抵抗して全山消失し、粉河寺縁起絵巻も燃えてしまった。1713年にも火災があり、現存する伽藍もほとんどが江戸時代以降のものとなっている。


第四番札所 槇尾山 施福寺/槇尾寺

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山号
寺号/通称
槇尾山
施福寺/槇尾寺
札所本尊
千手観音
開帳時期
5月1日 - 15日
宗派
天台宗
住所
大阪府和泉市槇尾山町136
電話番号
0736-73-4830

 

地図

 


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第四番札所 槇尾山 施福寺/槇尾寺の動画

 

第四番札所 槇尾山 施福寺/槇尾寺の解説

施福寺/槇尾寺は古くは山岳寺院であり、修験道の修業の場として栄えたとされる。南北朝時代にできた寺史、槇尾山大縁起によれば、欽明天皇の時代、行満上人が創建したとしている。

しかしながら、寺の歴史の初期のものは伝説色が強く、はっきりとはしないが、9世紀に成立した日本霊異記の中で、「和泉国泉郡の血渟の山寺」とした記述は施福寺/槇尾寺のことであるとされており、このころすでに有名な寺であったことがうかがえる。

後白河上皇所縁の法華経と仏像が奉納されたことが縁起にみられ、施福寺/槇尾寺所蔵の「法華経妙音菩薩品」がそれであるとされている。

南北朝時代には南朝の拠点の一つとされたが戦渦に巻き込まれ衰退していった。その後信長によって焼き払われたが、秀吉の援助でその後復興している。

江戸時代は徳川家の援助を受けて栄え、真言宗から天台宗に改宗した。1845年の山火事で仁王門以外の伽藍を焼失し、現在のものはその後に再建されたものである。

 


第五番札所 紫雲山 葛井寺

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山号
寺号/通称
紫雲山
葛井寺 藤井寺
札所本尊
千手観音
開帳時期
毎月18日
宗派
真言宗御室派
住所
大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21
電話番号
0725-92-2332

 

地図

 


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第五番札所 紫雲山 葛井寺の動画

 

第五番札所 紫雲山 葛井寺の解説

寺伝によれば725年に聖武天皇が行基に命じて創建したといわれています。

その後渡来人の末裔の氏寺として栄えていったとされています。中世以前についてははっきりとした資料がありませんが、本尊の千手観音座像が平安期の作品であることなどから、創建が8世紀にさかのぼることはまず町があえないとされ、平安後期から観音霊場として栄えていった。

その後戦火に見舞われることもあり、現存する建物は近世以降に再建されたものといわれています。

 



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