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西国三十三所巡礼の歴史

00201002030002.jpg中山寺の縁起『中山寺来由記』、華厳寺の縁起る『谷汲山根元由来記』によると、

 

718年大和国の長谷寺の徳道上人が62歳で病で亡くなり、閻魔大王から三十三所を巡れば罪が消え地獄に落ちないと教えられました。

そして、33の宝印をもらい現世に戻され、三十三所霊場を世の中に広めようとします。

 

しかし、この際まだうまく広がらず、宝印を摂津国の中山寺に封印し、しばらくの間三十三所巡礼は忘れ去られますた。

 

それから約270年後、花山法皇の前に熊野権現が姿を現し徳道上人が定めた三十三箇所観音霊場を復興するようにお告げがありました。その後中山寺で宝印を探し出し、三十三所霊場復興し、その後人々に広まっていったということです。

 

なお、一般庶民に広がっていったのは江戸時代以降とされています。


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